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新規事業の「勝ち筋」を見つけるには(2)- 勝ち筋とポジショニング
CustomerPerspective
代表取締役
事業構想大学院大学 事業構想研究所 客員教授
Contents
勝ち筋とポジショニング
「勝ち筋」に関する前回のブログ投稿で、米国のスタートアップの10年後の生存率は30%というデータを紹介しました。70%が淘汰されてしまう理由はなんでしょうか。理由のひとつは「勝ち筋」を見誤るからです。勝ち筋とは、勝つ道筋。「勝ち筋」という言葉は、将棋に由来するとの説が有力です(将棋の世界での「勝ち筋」の解説 はこちら)
将棋の世界では勝つ相手は「対局者」ですが、ビジネスの世界では「競合」。競合を分析するために、多くの人に使われる分析手法のひとつに知覚マップ(Perceptual Map)があります。企業やサービスのポジショニング(競合と比較した、相対的な立ち位置)を表すのでポジショニング・マップと呼ぶ人もいます。
よく見る知覚マップですが、勝ち筋が見える知覚マップばかりではありません。知覚マップは適切に作らないと、戦略の問題をむしろ覆い隠し、負け筋への道しるべとなってしまいます。本ブログでは、「勝ち筋が見える知覚マップ」を作成し、活用する方法を探ります。
知覚マップの落とし穴 – 企業視点の「勝手知覚マップ」
ここに一つの知覚マップがあります。どんな人にも分かりやすいよう、カフェ(コーヒーチェーン)を取り上げます。横軸は価格帯、縦軸は取り扱い商品の絞り込み具合。知覚マップの多くは、「競合に勝つためにこのポジションをとる」という差別化の戦略を示すもの。このカフェは競争が激しいカフェ業界で勝てるでしょうか。
こういう知覚マップを見ることが私は多いのですが、皆さんはいかがでしょう。私は「勝手知覚マップ」と呼んでいます。
勝てるとしたら理由が必要です。価格が高いから勝てる?取り扱い商品が絞り込まれているから勝てる?そうではなさそうですね。同じ商品なら価格が高いことはむしろ買わない理由、品数が少ないことは、お店に来てくれない理由になります。
つまり、このマップからは、カフェXが他店と違うことはわかるものの、勝ち筋にいるかどうかはわかりません。むしろ負け筋にいる可能性大です。どうしてこうなってしまったかというと、第一に対象顧客が明らかでないことです。第二に、知覚マップが提供者視点で作られており、2つの軸の選定に顧客の視点が反映されていないからです。ここでひとつ言えるのは以下の事実です。
競合と違うことをしただけで勝てる訳ではない
勝ち筋が見える知覚マップを作るには
勝ち筋が見える知覚マップの作り方を考えましょう。
鍵となるのは、顧客視点で軸を選ぶことです。先ほどの「企業視点の知覚マップ」とは発想を180度転換することが必要。
具体的流れに沿ってチェックリストを作りました。
- 対象顧客を明らかにする
- 対象顧客のニーズで最も重要なものをリストアップ
- 対象顧客のニーズで最も重要なもの2つを選ぶ
- 自社と競合をマッピングする
- 自社が右上にいたら勝ち筋
知覚マップはどんな業界でも活用できる枠組みです。今回は具体的に考えるため、カフェ/コーヒーチェーン業界を取り上げ、「カフェでゆっくり過ごしたい中高年層」を対象顧客に設定します。
顧客視点で2軸を選ぶ
「カフェでゆっくり過ごしたい中高年層」が対象顧客だとすると、もっとも重要なニーズは何でしょうか。深掘りするには対象顧客を絞った調査が必要ですが、ここではコーヒーチェーン/カフェに関する既存の調査※を参考にしてみましょう。調査からわかるのは、席で落ち着いて過ごせることと、フードメニューの充実が鍵であること。
フードメニューは食事の種類も大切だが、「モーニングがついてくること」が重要という中高年層の声が調査で頻出。「モーニングがつく」とは何か、馴染みがない方のために説明すると、朝食の時間にコーヒーにパンと玉子などの基本サービスが無料でつくことです。私がコメダ珈琲店(宇都宮テラス店)で撮影したメニューの写真がこちら。高級路線のカフェにも朝のメニューはありますが、無料ではついてきません。
※出所:マイボイスコム株式会社 コーヒーチェーン店の利用に関するアンケート調査
マッピングの結果は軸で変わる
次に、競合をマッピングしてみましょう。新規事業なら自社と既存の競合をマッピングします。
カフェ業界には様々なチェーンがひしめきますが、事例をシンプルかつわかりやすくするため、戦略もポジショニングも大きく異なる3つのトップチェーンを取り上げます。具体的には
- スターバックス
- ドトール
- 先ほど取り上げたコメダ珈琲店
私なら、このようにマッピングします。勝ち筋=右上にいるのはコメダ珈琲店。
「コーヒーチェーンの勝ち筋にいるのはスターバックス」と信じる人は、意外に感じるかもしれません。対象顧客が「女性を中心とする10代・20代の若年層~30代。洗練された店舗で今まで味わったことのない季節感あふれる様々なコーヒーを注文し、非日常を味わいたい人」であれば、その通りでしょう。この場合は対象顧客も変わるので、私は下記の図のように2軸を変えます。
では、ドトールは勝てないのでしょうか?そんなことはありません。対象顧客次第です。例えば「手軽な価格や、タバコを吸えることを重視する喫煙者」ならドトールに勝機ありです。
つまり、対象顧客が誰か、対象顧客の重要なニーズは何かによって勝ち筋は変わり、そのセグメントで勝ち残る企業も変わるのです。
勝ち筋企業「コメダ珈琲店」は実際に勝っているのか?
今回のブログでは、対象顧客として「カフェでゆっくり過ごしたい中高年層」を設定。マッピングの2軸に、居心地の良さと、フードメニューの充実を選びました。ではこの2軸で勝ち筋にいる「コメダ珈琲店」は実際に勝っているのでしょうか。
まず先ほどの調査で「直近1年間に、あなたが利用したことのあるコーヒーチェーン店はどれですか」という質問があり、2011年から2025年までの推移をたどることができます。調査をみる限り、コメダ珈琲店の差別化戦略は確実に結果を出しているようです。
調査では良い結果が出ていることがわかりましたが、本当のところ、業績はどうでしょうか。決算発表を見ると、売り上げや店舗数の推移から、コメダ珈琲店の快進撃を読み取ることができます。
調査・決算発表、2つの情報源をもとに考えると、コメダ珈琲は対象顧客のニーズに見事に応えることで、競合に勝ち、市場シェアと売り上げを伸ばしているようです。高齢化の進展とともに、「カフェでゆっくり過ごしたい中高年層」というセグメントの人口も増えているという仮説を立てられます。
一方で、スターバックスやドトールはそれぞれが異なる強みを持っていますが、対象とするセグメント人口の減少の影響を受けている可能性があります。コーヒー豆の価格高騰(過去10年で2倍以上※1)で高級カフェも値上げが続いて若年層には行きにくくなっています。喫煙者は2023年には15.7%となり、2013年からの10年間に3.6ポイント減少しています(※2)。
コーヒーチェーン市場は珈琲の淹れ方や豆へのこだわり、空間デザインなど様々な切り口で差別化を図る新規参入企業が多いことが特徴。これからも目が離せません。
出所:※1:世界銀行のデータから推計 ※2:厚生労働省令和5年国民健康・栄養調査報告
勝ち筋は顧客から
勝ち筋は、誰にでも見えるものではありません。顧客を正しく見つめる者だけに見えるのです。競合分析をするなら、顧客不在にならぬよう気をつけましょう。対象顧客を明らかにし、顧客の最も重要なニーズを洗い出し、2つの最重要ニーズを軸として知覚マップをつくってみましょう。「勝ち筋」は右上にあります。
あなたの事業のポジションは右上にありますか?右上になければ、現状とのギャップが改善機会です。ギャップを具体化し、そのギャップを埋める施策を実行したなら、あなたの事業は勝ち筋に近づいているはずです。
関連リンク
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